わたしは2004年の10月3日に、東京・目白にあります日本バプテスト連盟目白ヶ丘教会で、金子敬牧師のもと受洗しました。
それまでもずっと、歌うことを通じて、自分よりも大きな存在を認め、
近くの教会にも通い求めていましたが、
その年は私にとって激動の一年であり、もう主なくしては何事もできないという状況でした。
一番大きな動きは、仕事上のことでした。
わたしを認め、デビューさせてくださった先生方同士でいざこざがあり、
わたしはその事情を知らずに、お二人のかたのお仕事をお受けしてしまいました。
おひとかたは本当に娘のようにかわいがってくださっていたし、その怒りをどこにぶつけるのかわからなくなってしまったのでしょう。
その矛先は、稽古場でその公演の主役をつとめていました私に向かってしまいました。
明らかに理不尽な怒りをぶつけ、なにをどうやっても怒鳴り、二言めには「きみを降ろしたっていいんだ」と言いました。
でも、わたしはその公演が初めての主役で、それを喜んでくれた多くのお客様がチケットを求めてくださっていたので、けして降りられませんでした。
わたしのために、何枚も稽古着や楽屋着をぬってくれた叔母、今までどんな小さな役でもチケットを買って応援してくれた父や母、お客様の顔が目に浮かんで、どうしてもわたしはその稽古場に立っていなければいけませんでした。
とにかく徹底的に稽古場には一番に行くようにし、誰よりもたくさん稽古をしようと思いました。
そして、そのころ偶然気になった教会にふらりと入ってみた教会が、目白ヶ丘教会でした。
なかに入ると牧師先生が会堂を案内してくださり、
広くて飾り気のない素朴な会堂で
「ここは気持ちがよくて、よくみなさん礼拝中に寝てしまうんですよ。でもそれでいいんです。教会はそういう場所なんです。」
とおっしゃいました。
信仰というと、聖書をどれだけ知っているとか、お祈りがうまく言えるとか、奉仕をどれだけしたかということが先に立ってしまうような気がして、二の足をふんでいました。
そして、クリスチャンというひとのなかに、つまづきを覚えてもいました。
でも、この先生は本物だ。と思いました。
それで、稽古のかたわらこの教会に定期的に通うようになり、先生といろんなお話をしながら信仰に恵まれました。
どんなに信頼している素晴らしいひとでも、なにかのことで豹変してしまうことがある。
ひとは完全なものではない。
そこに直面していたわたしに、金子先生がおっしゃったことは、
「神様に仲介人になって頂く。つらい状況になったら、神様にあなたとそのかたの間にはいって頂く。
そして、あなたはそのひとに対してではなく、神様に対して歌い演じなさい。」
「なにか失敗してもいい。イエスさまはあなたの掃除人なんですよ。あなたのうしろで、いつもあなたの汚したものを掃除してくださっているんです。」
このふたつのことは、稽古場で大きなわたしの支えになりました。
辛い状況はじょじょに薄れて、最後の通し稽古では、その先生は
「この子が一番よく稽古した。」と言ってくださいました。
公演もまもられ、そしてわたしはその先生の団体を卒業し、あたらしく出来た東京歌劇座では何作も主演させて頂き、ほかにもいろいろな素晴らしい出会いとともに現在に至ります。
その公演の4ヶ月後、わたしは信仰告白をし、受洗しました。
また、去年はその教会で結婚式もあげることが出来ました。
あまり熱心に教会に通うことがありませんだめだめクリスチャンですが、
これからも主とともに、主にお掃除していただきながら、主に照らされて歩んでいきたいと思います。
なんとなく今日はそのことを思い出し、日記にかきたくなりました。。。